>>Diary >>Profile >> Report >>Somethig else >>Link >>Top
7月の日記
| 2001年7月16日 すべてのはじまり |
ShuがKクリニックに受診に行った。ようやく。 明後日検査を受けることになった。 なにやら下剤を貰って帰ってくる。 Kクリニック ・・・・ 780円 |
| 2001年7月17日 明日は検査 |
検査前日なので、消化の良いものを食べなさい、ということで夕食は、豆腐、刺身、カレイの煮付けなどを食べる。 寝る前に下剤を飲んで、さらに水を1Lも飲むとのこと。 明日の検査には付いて行くことにする。 やっぱり心配だしなー。 |
| 2001年7月18日 なんということだ・・・。 |
Shu、Kクリニックで大腸の内視鏡の検査を受ける。 センターに車を置いて、Kクリニックに行く。午前9時。まず下剤を飲まされて、少し運動をして、と言われ、歩き回る。さらに塩水を1L飲んで、トイレに通う。3回目の便を見せて、といわれていた。他におじちゃんとおばちゃんも検査を受けるようだった。3人のうち、Shuがいちばん早く便が水状になったようで、最初に検査を受けることになる。 しばらくすると、I病院でわたしが車をぶつけちゃったTくんが呼びに来た。検査室に入ると検査着を着てShuは横になっていた。内視鏡の画面には鮮やかに腸の内部が映っている。先生が「ここにですねー」とShuの腸の中にできているポリープを見せて説明してくれた。大きさは4センチ。この大きさだと中が癌化している可能性が高いし、内視鏡での切除はむずかしい、とのこと。K市の病院でなら内視鏡もしくは腹腔鏡での切除も可能、という話もあったけれども、位置的にむずかしいかも、と言われて、Shuはここの病院で手術を受けると言う。いろんなことを考えてもそれしかないかもしれないなあ・・・。 結局、県立病院宛に紹介状を書いて貰うことにした。明日、県立病院で入院予約をすることに。 ★ 畏れていたことが起こってしまった・・・。わたしは、なんだか頭の中が真っ白だった感じだ。どういうことがこれから起きるのか考えたくないという、アタマが思考停止状態だったような気がする。現実にポリープの映像を見せられても、まだアタマは真っ白だった・・・。感情が現実をうまく受けとめられないような感じ。感情を働かせると、自分がそれに呑み込まれてしまいそうで、気持ちを動かすことを拒否してる感じだ。とにかく、現実にどう対応するかだ、としか考えないようにしている。 Shuは、自分一人でずっと不安を抱えていたのだった、この日までずっと。早く検査を一度は受けろ、とは言っていたものの、Shuがこんなに不安にかんじていたなんて気づかなかった。自分の病気のときもそうだったけど、ほんとに自分が不安にならなきゃ病院に行くって言い出さないだろうと思ってたんだった・・・。もっと早く行かせればよかった、という思いももちろんあるけれど、もう、これから先のことを考えるしかないもんなあ。 とりあえず、ポリープを切除すれば完治するとのことなので、最悪の一歩手前で踏みとどまる、わたしたち夫婦のいつもパターンだねー、と言い合う。 ★ 午後からお義母さんに話しに行く。 突然の話で驚いたと思うけど、お義父さんの病院には行けなくなるので、了解してもらう。3人目の病人がShuになるとは・・・。 |
| 2001年7月19日 県立病院に |
Kクリニックの紹介状を持って県立病院に。 連休前ということと、乳癌検診で引っかかったおばちゃんの群がいて外科の外来はえらく混んでいた。受付が9時までということだったので、8時過ぎには家を出たけれど、雨降りのせいか道は渋滞していて、病院に着いたのは8時45分くらいだった。受付をして待つこと2時間半、先生に会う。 ドクターは、紹介状にざっと目を通して、詳しい説明をしてくれる。内容は昨日Kクリニックで聞いたことと変わらない(と思う)。 入院の予約をしにいったけれど、ベッドがあいていないということで、連休明けに入院の日を連絡する、とのこと。どうも火曜か水曜になりそうだ。入院後にあれこれ検査をして、その結果により手術の方法を決めるとのこと。 県立病院・・・1020円 午後からShuは、昨日Kクリニックで書いて貰った診断書を持って職場に。 すべて病休で処理するように言ってきたという。 |
| 2001年7月20日 海の日 |
やっぱりバドの練習をする気にはなれない。 センターでIさんに会って、お中元の注文の用紙を貰って、それをYちゃんに頼んで来た。他の人を見ると、ほんとなにもないっていいなあと思う。 Shuは仕事に行った。 病院に持っていくものをリストアップしなきゃ。 |
| 2001年7月21日 買い物 |
入院はまだだけれど、病休に入った。アタマのモードが切り替わって仕事のことは考えたくない様子。仕事のこともあるけれど、それどころではないという気分のようだ。ふたりともアタマの中が日常モードではなくなってきている。当たり前に毎日を過ごしている世の中とは切り離されてしまったような気分になっている。人に会うのもなんだかいつもとは違う気分になってしまう。 病院でCDを聞きたいというので、ポータブルのプレーヤーを買うことに。 そのほかにも準備しておくものがあるので、買い物に。 電気屋で、MDプレーヤー、電池式の電動歯ブラシ、時計を買う。CDプレーヤーでもいいかなと言っていたけど、直にみるとMDプレーヤーの小ささにびっくり。デザインもかわいいし、置くところもないことを考えると、これはもうMDしかないよなあ。うちのプレーヤーをMD付きのにしておいてよかった。手術が済んで落ち着いたらノートPCを買ってもいいなあというので、それも見る。小さくてスペックもいいものが結構安いので、これもびっくり。わたしも欲しい・・・。 電気屋の後にモスでハンバーガーを食べてダイエーに。ハンバーガーがまた食べられるようになるのはいつごろになるのだろうか。ダイエーでは寝間着用のジャージ、タオル、洗面用具などを揃える。少なくとも1ヶ月以上の入院生活になるので旅行用のちいさなものでは間に合わないだろうということで、あれこれ選ぶ。 |
| 2001年7月22日 最後の居酒屋 |
休みに入ったので、毎日ふたりで散歩に行っている。夕方はほとんどT海岸を歩く。夕陽がとてもきれいで、デジカメを持っていって写真を撮ってくる。犬たちとShuのスリーショットも。 きれいな夕陽を見ながら歩いてもやっぱり今までとは気分が違うなあ。Shuはどんな気持ちになっているのだろうか・・・。 病院に入ったら今までのような食事はできないだろうと、今のうちに好きなものを食べておこうということで、夜は行きつけの居酒屋Dに行くことに。話次第では暗い気持ちになっちゃうんじゃないかと思ったけれど、そういうこともなく3時間くらい飲んでくる。食べたい半面、食欲はセーブされているようで、いつものような金額にならなかった。払う方も受け取る方もびっくり、という金額だった。 |
| 2001年7月23日 連絡が来る |
朝から電話待ち。病院から入院の日の連絡が来るんじゃないかと待っていたら、夕方になって電話が来た。木曜までに入院するように、とのことで、いつでもいいですよ、と答えたら、病棟にベッドの空き具合を確認してからまた電話をします、と言ったきり電話は来ない。 もう今日は連絡はないだろうと、散歩に行くと、このところ毎日夕陽がきれいだったけれど、今日は格別にきれいで、金色に輝く夕陽が水平線に沈んで行くところを犬たちと一緒に眺めた。水平線に沈んでいく夕陽を見たのは初めてだ。かなりきれいな夕陽が見られる日でも、水平線上には雲がかかっていて、海に直に沈んでいく太陽を見ることはそんなに体験できることではないのだ。デジカメを持っていたので写真も撮った。 |
| 2001年7月24日 入院案内を貰う |
朝7時過ぎにお義母さんより電話があって病院の受付をしてほしいとのこと。すぐに起きて出かける。お義父さんの様子も気になるので、受付ついでに見てくる。熱が下がりきらない様子だ。心配だけれどそのまま帰ってくる。 朝8時半をまわった頃に病院から電話が来る。26日木曜午後2時に入院の準備をして外科の外来に来るように、とのこと。 入院前に行っておきたいと言っていたので、まわる寿司屋に行く。その後病院に寄って入院案内を貰い、スーパーで買い物をする。 回転寿司屋に行くといつもは5000円近くかかるのに、4000円でお釣りが来た。めいっぱいは食べられないようだった。 夜お義母さんに電話で入院の日が決まったことを報告。相変わらずお義父さんの熱は下がらないようだし、Tちゃんもあまり良くない様子。今日受診して薬を少し変えて貰ったとのこと。ほんとにあっちもこっちも病人だらけになってしまった・・・。 |
| 2001年7月25日 いよいよ明日は入院 |
今日、イトコのSさん連絡する。すでに知っているようだった。職場関係から耳に入ったみたいだ。 Shuの職場方面では知れ渡ったらしい。で、Sさん夫婦が来た。夕方は一緒に犬の散歩も。 お義母さんも病院のついでに家に寄ってくれた。 |
| 2001年7月26日 ついに入院 |
今日、Shuは入院した。 午後2時に外科外来に行き、主治医の先生と会う。外科部長ではなく、若いドクターになった。おおまかな診療計画を聞き、後は病棟に。6人部屋の真ん中のベッドで狭い狭い。椅子も車に積んでいったけど、とてもじゃないけど置く場所はない。結局明日から3日間はなにもなくて、月曜から検査漬けになりそう。CT、胃カメラ、腸の内視鏡、その他モロモロの検査を受けるらしい。来週はきつそうだなあ。 手術は8月8日の予定とのこと。浸潤の具合は最終的には、切り取ったものの組織検査の後しかわからないとのこと。手術の方法はどうあれ、ポリープの周辺10センチくらい大腸を切除するのは間違いないとのこと。 主治医はA先生。担当の看護士はIさん。聞き取り調査のようなことを受けて、アンケートにも答える。そのアンケートというのが、告知についてだった。Shuは病名も治療についても余命についても全部知りたい、と書いていた。わたしでもそう答えると思うけれど、いざそういう事態になったときにきちんとうけとめられるだろうか・・・。そいうことまで考えなければいけない病気なんだ、と改めて実感した。 今日は、夕食が済むまで病院にいた。ひとりになって車に乗ったら急に心細くなってきてしまった。Shuもおそらく不安な気持ちになっているだろう。他の臓器はだいじょうぶという保証があるわけではないのだし・・・。Kクリニックの先生の「これなら切ってしまえば100%完治する」ということばを信じるしかないんだけど。 どの程度の浸潤か手術前にわかりますか、と聞いたら、形状と大きさから、統計的に及び経験的に判断をする、ということなので、K先生の判断が当たっていることを祈ろう。 病院の帰りに義父のところに寄った。微熱が続いている様子。Tちゃんの具合も良くなさそうで、ああ、まったくなんということなんだろう・・・。 |
| 2001年7月27日 外泊許可 |
朝、お義父さんのところに寄り洗濯物を取ってお義母さんに届ける。洗濯をしているヒマはないよな。で、夕方帰るときに受け取ってまたI病院に届けることに。お義父さんはだいじょうぶで一安心。 拍子抜けのような話だったけど、1日病院にいただけで、今日から日曜の午後3時まで外泊許可がでた。今日の検査は腹部と胸部のレントゲンのみ。来週からは検査続きでキツイとみんなに脅かされたとか。で、うちでのんびりできるときはしてらっしゃい、ということなんだろうな。初めは病院に残ろうかなんて言っていたけど、帰ることに。帰ってみればうちがいいのは当然のことなのだ。 夕方Sさんが来てビールでも飲もうかという話になった。Sさんは病院に行ってくれたのだった。電話しなけりゃと思っていたけど、あちらの方が早かった。申し訳なかったなー。 |
| 2001年7月28日 外泊中 |
1日だけの入院からすぐに家に戻ったので、アタマの中はすっかり日常モードに戻ってしまった。昼は家でそうめんを食べて、スーパーに買い物に。着替えや寝間着を買い足す。 夕食に食べたものは、レバニラ炒め、鯵のたたき、ウニ、ミツバと蒲鉾の酢の物、冷や奴、などなど。脂っこいもの、固まりの肉、繊維の多い野菜とかの、比較的消化がよいとは言えないものは当分食べられないと思っているようで、食べたいものはいまのうちに食べておこうと思っているのだ。レバニラ炒めが食べたいもののひとつだなんてね。肉は好きでも今はステーキを食べたいとは思わないみたいだ。なんかそれも不思議な気がするけど。わたしなら、肉はいいや、肉は、って思うところだなあ。毎日寿司でもいいかな。 |
| 2001年7月29日 再び病院に |
家でチャーハンとフカヒレスープの昼食を摂って、3時前に病院に戻る。明日からはほんとに検査の連続みたい。今日から蓄尿が始まり、明日は、採血、胃カメラ、腹部エコー、動脈血もとるらしい。他に心電図、肺機能検査も。明日が胃カメラで明後日は大腸ファイバー、さらに1日置いて注腸検査。仕方ないとはいえ、かわいそうに・・・。 今日は朝から雨で、晴れ間を見て林道に散歩に出かけたけど、結局降られてしまった。帰ってから犬たちのオナカと足を洗う。 本屋とスーパーに寄って帰宅。すぐに散歩。近所を歩く。夕食は出来合いになってしまう。ひとり分を作る気にはならない。1ヶ月こんな食事をするのだろうかと思うとちょっとぞっとする・・・。でもわたしが入院したときShuはこれをやったんだわね。 |
| 2001年7月30日 検査週間始まる |
今日から検査漬けの日々が始まった。 朝義母から電話があり、義父のところには行けないので、病院に寄って洗濯物を取ってきて、と言う。義父のところに寄ったらちょうどお風呂に入るところで、入浴が済むまで待って、洗濯物を持って義母のところに寄る。遅かったので心配していた様子。渡してからすぐに病院へ。 午前中に採血(静脈からと動脈からと)、腹部エコーは済んだというが、胃カメラがまだで、朝からなにも食べられず、水も飲めない。2時前になってようやく呼ばれて検査室に。まず心電図、肺機能、出血の検査を受ける。これは手術を受ける人は必ずやるヤツで、わたしも8年前に経験済み。それが終わって胃カメラを飲むことに。思ったより早く済んだので驚いた。わたしが20年前に受けたときは麻酔するだけで1時間くらいかかったような気がしたけどなあ。検査したのは主治医のA先生だった。多少の胃炎のあとはあるものの、食道も胃も十二指腸もきれい、とのこと。腹部エコーでも肝臓などに異常は見つからなかったとのこと。CTを撮らないとまだ他の臓器への転移の可能性はなんとも言えないということだったけれど、今のところはまず一安心。終わってから聞いてみたら、バリウムを飲まされる胃透視よりラク、とのこと。 検査が終わると看護婦さんが車椅子で迎えに来てくれた。部屋に帰ったら2時45分だった。麻酔や筋弛緩剤を使っているのでフラフラしやすいらしい。1時間くらい経って水を飲んでむせなければ食事をしていいとのこと。お昼ご飯は検査が終わってなかったので、下げられてしまったので、4時くらいに売店に行ってお弁当を買って食べる。わたしもつき合ってお昼を抜いていたのでふたりで冷やしうどんとオレンジケーキを食べた。その後、Shuは病院で初めての入浴。シャワーの出が悪いらしい。 6時に夕食が来て、食べられるかなと思っていたら、明日は大腸の内視鏡検査の予定なので、また朝もお昼も食べられないから、今のうちに食べておくといってみんな平らげた。おかずは、嫌いな鶏肉や人参だったけれど、それ以外に食べるものがないのでガマンして食べている。明日はまた昼食も下げられるだろうから、何か作っていこう。明後日は食事制限がある検査はなさそうだし。 明日の検査は、他に腹部か胸部かどちらかのCTもあるとのことで、アレルギーのアンケートをしに来ていた。 夕食が済んでから、義母のところにより洗濯物を受け取って義父の病院に寄った。熱もなく一安心。帰ってからすぐに散歩に行って、ひとりで夕食。犬たちには牛のタタキを分ける。Shuは、おれよりいいもん食ってるからなあ、あいつらは、と言っていた。ほんとにその通りだ。ビールを1本だけ飲んだけど、飲んべえが飲めないことを思うと申し訳ないような気分だ。 ★ 病院で「ハラスのいた日々」を読み終えた。最後のところではやっぱり涙が出てしまった。わたしたち夫婦にとっても犬はなくてはならない存在で、きちんと躾ができている素晴らしい犬の話ではないだけに身につまされるし、なんだか涙腺が弛んでもいるらしい。 |
| 2001年7月31日 検査2日目 |
今日は午前中に腹部のCTと心エコー。午後からは大腸ファイバー。 お昼頃にお弁当を作って病院に。着くとテーブルの上には水が入った容器があり、下剤と水を飲んでトイレ行き、という検査前の準備の最中だった。また今日も朝から絶食。2Lの水を飲むのはつらそうだった。Kクリニックのときは1Lでよかったのに、県立病院はやり方が古いんだろうか。 検査に行って下さいと連絡があったのが3時頃だった。昨日の胃カメラと同じ部屋かと思って2階で待っていると、ヘルパーのKさんが下で先生が待ってるのよ、1階って言わなかったっけ?と捜しにきた。わたしもShuもはやとちりでてっきり2階の検査室かと思いこんでいたのだった。だってね、その検査室の前に午前と午後に分けて、胃とか大腸とか、内科とか外科とかスケジュール表がはってあったんだもーん。 下の検査室に行って説明を聞き、承諾書に署名捺印をする。Kクリニックで見つかったポリープの他に、S状結腸より奥に小さなポリープがあれば切るかもしれない、Kクリニックでは上の方まで見たんですかねえ?と聞かれて、どうだったかふたりともすっかり忘れていた。もしポリープを取るようなことになれば、今日は食事は摂れないないとのこと。後から考えたら、Kクリニックで、これだけで他にはない、と言われたのだった。でも問題のポリープ以外のことはすっかり忘れてしまっていた。 その後わたしは外で待ってと言われ、廊下で待つことに。廊下に並べられた長椅子に座っていると、看護婦さんが出てきて、1時間から1時間半くらいかかるから部屋で待っていていいですよ、と言う。そんなにかかるならと部屋に本を取りに行く。取ってきて2,3ページ読んだところで、病棟の看護婦さんが車椅子を押してやってきたので、もう検査が済んだという連絡が合ったんだろうと思って聞くと、その通りだった。時間にして30分くらいだったので、へ?という感じだった。でも終わったというのに、Shuはなかなか出てこない。後で聞いてみたら、ガスも何も出ないのでトイレに座っていたという。腸の中に空気を入れるのでオナカが張って気持ち悪いらしい。迎えに来た看護婦さんに食事のことを聞くと、夕食から食べていいとのこと。オナカがすくはずなので、食事がとれるようになったらいつでも食べられるようにとお弁当を準備していたけれど、夕食時間まではダメなんだろうと、食べずにガマンした。スポーツドリンクを飲んではトイレに、というのを繰り返していた。固形物は夕食までガマンして、持ってきたお弁当をわたしが食べて、Shuはそれをつつくつもりでいたら、なんとやって来た夕食は、検査後食とでも言うのだろうか、小さなお茶碗にお粥が1杯とおみそ汁と煮魚が1切れ。勝手に食べないでよかったね、と言ったものの、オナカが空いていたShuは持ってきていたおむすびを1個食べてしまった。何かあって、余計なものを食ったのかと訊かれたら「ビフテキ」と答えておくさー、と言っている。そんな冗談も出るし、けっこう看護婦さんをからかったりしている。開き直りかもしれないけど、案外へこたれたところを見せない。まあ、けっこう家に居るときにへこむだけへこんだのかもしれないし・・・。わたしもそうだったけど。手術が近づくとふととても不安になったりしたので、Shuもそういうこともあるかもしれないなあ・・・。 検査はKクリニックのときみたいなもんなんだろうと、たいして構えていなかったらしかった。ところが今日の検査は、機材のせいなのか腕の違いなのかそれとも他に何か要因があるのか、すごく痛みもあったし、膨張感もあってつらかったらしい。Kクリニックのときは、終わったら、オナカが空いたすぐにでもなんか食べたいって感じだったのに、今回は食べようと言う気にはならなかったみたいだ。K先生は腕がいいという評判だったけど、こういうことならK先生の評判も頷ける話だ。もっとも、県立病院の機材が古いとかそういうこともあるかもしれないので、一概には言えないかもしれないけどねー。 今日は午前中に院長回診もあり、主治医の先生は腹腔鏡での手術を考えている、というように答えていたとか。今のところ、異状は見つかっていないので、うまくいけば切腹はまぬがれられるかもしれない。手術の時間はかかるらしいけれど、身体への負担は少なくて済むので、肉体労働系サラリーマンとしては、腹筋をばっさり切られずに済めばありがたい。職場に復帰すれば重いものも持たなきゃいけないし、また12時間勤務になっちゃうのは目に見えているのだ。 義父の病院に寄り、帰ってきてから義母に電話。その後散歩に行く。 ★ Shuも「ハラスのいた日々」を昨日今日で読み終えていた。1日1冊ペースで本を読んでいる。わたしは「約束された場所で」を読み始めた。 ★ 午前中に出かけよう準備をしていたら、シロアリの駆除業者が来て、薬剤を交換していった。2週間くらいでまた来ます、と言ってから1ヶ月以上経っている。ふぅぅぅ。 |
7月 8月 9月 10月
>>Diary >>Profile >> Report >>Somethig else >>Link >>Top